応募者総数は20名。諸事情から土壇場で泣く泣くキャンセルした人が2名出たけれど、それでも当日はtsujiを入れて19名の大所帯である賑やかぁ。 といっても、2日間通しでこの人数が同時に走るわけではない。途中での合流や離脱、宿泊だけなんて人もいる。つまり各シーンでの人数は総数より少なめなんだけど、幹事=tsujiがその分だけ楽できたのか、と思ったら大間違い。その場その場でコロコロ変わる面子に合わせて数種類のメンバー表を用意し、頭の中で総数を切り替えながら人員チェックや席取り……大変である。 大変ではあるが、たいへん楽しかった。より多くの人が参加できるように仕組んだSALIDA秘技フレックスタイム(?)システムが功を奏してか、各方面から大勢の人が集まってくれたアリガト。おかげで大盛り上がりである。愛知から参加予定だったのにドタキャンの某氏よ、悔しかっただろうねぇ、また来年な。
そんなこんなで集まってくれる皆の衆に喜んでもらうべく、舞台はお馴染みの伊豆でありつつも、今回はSALIDAとしちゃ少々趣向を変えてみたりもした。そのねらいどおりにウケたものもあったが、計画どおりにコトが運ばなかった場面もあったな。まあ、予定どおりに行かないのがツーリングってものだよ。終わりよければすべてヨシ!そう、小事はあったが大事なく、振り返ってみれば二日間ぶっ通しで愉快連発状態だったのである。両日とも天気はバリバリ、富士山もバリバリ。気温がかなり低く風も強かったが路面状況はまずまずで、走りはバリバリ。飽食バリバリで、酒は超バリバリ。あんまり楽しかったのでレポート掲載写真が80カットにもなってしまい、ページがバリバリ重くてゴメンであります。
景色も走りも風呂も食も、確かにどれも愉快だった。でもtsuji的には、皆の衆の“動きと流れ”が非常に嬉しかった。普段の生活圏やライフスタイルがまったく違う脈絡のないこれだけの人間が、勝手気ままにソロツーリング状態で自由奔放に駆けまわり、でも全員が常にグループツーリングの一体感も持ち続けていて混乱は皆無。伊豆半島をサクサクと縦横無尽。そんな素晴らしいパーティーができたことが嬉しかった。SALIDA創設時の目標が、5年目にしてついに達成された思いである。皆の衆、本当にありがとう。tsujiの最大の土産は、皆の衆のたくさんの笑顔でした多謝に多謝。てぇ〜な賑やかな宴のレポートの、始まりじゃ。なお、SALIDA常連のひとりである相模線氏がコメントを送ってくれたので、そいつを要所で“相模線の独り語り”として載せましたぞ、ありがとねぇ〜っ。
また、集合場所まで行く過程はそれぞれのソロツーリングであり、これも思い思いに愉しんでもらいたいというねらいもあった。東京や東神奈川からなら、箱根ターンパイク→伊豆スカ熱海峠I.C.というのが最速ルートだが、ほかにもいくつかルートは選べる。事前にその旨も案内しておいた。 tsujiの場合、最速ルートは外した。箱根周辺は路面凍結が多いのは事実だが、ゆっくり走れば問題ではない。気になったのは、最速ルートだといつも仕事で試乗している場所じゃないか、日常シガラミのど真ん中を今日は走りたくないなぁ、という職業柄ゆえの思いである。この日のために自前の愛車も整備しておいたことだしね。 というわけで、東伊豆の海岸沿いをのんびりと流していった。山の上より暖かいことも都合がいいのだが、朝日に煌めく相模湾を脇に眺めながら走りたかったのだ。伊豆の東海岸は、朝が一番である。快晴の蒼い空のおかげで、海も紺碧である。自分で書いたシナリオどおりにドラマは始まった。 ってな感じで集合地点までの間に自分のドラマを作るのは、tsujiだけではなかったようだ。 ◆ここで相模線の独り語り ★
2005年の締めくくりとして、とても重要視していた反省会である。じつは諸事情により、なかなかツーリングに出かけられない状況が続いていた。前日には、久々にあのワクワクしてくる気分の高揚を味わった。 当日の朝、眠い目をこすりながら、いざツーリングという期待と、ちょっとした不安を抱えての出発。いつもの通勤路がぜんぜん違って目に映る。あの交差点の先からは通勤路から外れる……そう思うと俄然心が躍った。 その交差点を通過。 今までの苦労が本当に報われたと思った瞬間だった。ここから先は、マシンのライディングに慣れることに集中した。いかんせんツーリングから遠ざかっていたので、なんだか、体が、ぎこちない。
宇佐見からの登りの道で考えていた。快晴なのはいいけど、風が強そうだなぁ。集合場所で、日当たりがよくて風を防ぐ場所があるだろうか、と。でもそれは無用の心配でレストランは08:30に開店だったのだよラッキー<<<事前に調べておけよ! とにかく、三々五々と到着してくる参加者諸氏は、コーヒーを飲んで体を温めたり朝飯を食ったりしながら会話が弾み、すでに宴の雰囲気であるヨシヨシ。 面子がそろったところで、簡単なメンバー紹介とツーリング計画の概要説明をして、いざ出発。冬の早朝の、ガラ空きの伊豆スカを快走である。今回は終点の天城高原I.C.まで突っ走る。集合場所からで25km、北端の熱海峠I.C.から来た人はフルコース45kmの快走である。冷たく透きとおった空気が最高に心地よい。 tsujiは時々ペースを上げて先まわりし、皆の衆が写りこんだ風景写真など撮影する。という方法であるからして、バリバリにブッ飛んでいく武闘派の輩は、めったに映像に入っていないのだゴメン……と謝ることもないか勝手に飛んで行きなさいそれも人生(ってほど大仰なことでもないがね)。 ◆ここで相模線の独り語り ★
亀石に到着である。きっちり集合時間に合わせての到着であった。勘が戻りつつある、と思った。やはり自分の体にはにツーリングというものが染みついていると感じた瞬間でもあった。 仲間たちとの挨拶もツーリングにおいて大変貴重な時間だ。久々に会う連中もいれば初めて顔を合わせる人もいる。出発前の和気あいあいとしたこの時間の共有は本当に楽しいものだ。時間を考えずに話し込んでしまうほどだ。童心に帰る……といってもいいかもしれない。集まってくる連中は本当にバイク好きなんだな(笑)。
いやいや皆の衆、楽しそうであるね。こうして集まったところで、おまえの走りはアーダコーダという会話もあれば、あそこの景色はアーダコーダという会話もある。所場代不要の道端ですでに宴は中速域を超えているかな? トルクピークには至っていたであろう。 そういえば、ここでも富士山がクッキリ。この宴の二日間、いつでもどこでも、富士山は素晴らしい御尊姿を披露してくださった多謝。
大室山は、本州から南方へ突き出す伊豆半島の中程東側にある。とても小さな火山の火口と思ってもらえればばよい。標高は580mで、たいした山ではない。そして、モロに観光地であるからして、SALIDA的には普通なら訪れる可能性が低いロケーションであり、実際に過去の当サイトのイベントで行ったことはない。しかしながら、周囲に何もないところにいきなり噴火して出来上がった山。しかもその山には樹木がまったくない。であるからして、山頂からは360度の絶景が拝める。加えて、なおかつ、しかも、山頂まではリフトで一気であり、なんとも簡単イージー自堕落お気楽なのだ。 じつは穴場的(SALIDAとしてはですかね)に素晴らしいところ。その素晴らしさを皆の衆に知ってもらいたかった。事前に何度もロケハンをした。そして到着したのだが、なぜか皆の衆は手持ち無沙汰……??? 何とこの日は、強風によりリフトが運行停止になっていたのだ想定外だぜ残念無念っ! 悔しいから、んじゃぁ停止状態のリフトを入れ込んで超ヤラセ写真でも撮ろうぜ→→→ってのが右端写真である。右から2人目、Doburokuはいいキャラですねぇ媒体用被写体として神が創造された顔面筋肉特性&精神構造&目立ちたがり精神であるぞ、とこの写真に限らず今回の二日間で痛感した次第であります今後ともヨロシク。
ちょうど、よい。 宇久須の魚屋魚武はSALIDA人(さりだびと)諸氏に好評ではあるが、元々考えていた(←漠然とだろうが)二日間のスケジュールだと組み入れるのが非常に難しかったのだ。そうと決まればルート設定など簡単かんたん。大室山から有料道路は一切使わず(ケチなのである)最短ルートで伊豆スカの冷川I.C.に戻り、まずは国士峠超えじゃ。 この道がイイカンジなのは昨年のレポートに詳細説明がある。もっとも、昨年はガンガン走り抜けてしまったのでワサビ田の風景など気づかなかった輩もいるかもしれん。とゆーわけで皆の衆をワサビ田がよく見えるポイントにご案内(←お節介)、というのが上の写真でありまする。中央写真の真ん中で、BJOKE氏の楽しそうな顔。やや猪突猛進的なところもあるが、本当にバイクを愉しんでいる様子をtsujiはいつも嬉しく思っている。今回はVTR1000Fでの参戦であったが、アフリカツインも常に臨戦態勢なんだよん。
仁科峠のちょっと先に“牧場の家”がある。多くのバイク乗りたちが立ち寄る場所であり、我々もトイレ休憩を兼ねてここに集合。おお、眼下にはすでに宇久須港が見えておる、魚武は目と鼻の先じゃい。
んな忠告など、左端youmin姉様にはまったく関係なし。『日本じゅうの道を知ってるんじゃなくて日本じゅうのソフトを知り尽くしているライダーなんだよ』と誰かが言っていたが、あながち誇大表現でもないような気さえしてくる。何しろソフトには目がない御仁だ。単にアイスではなくソフトにこだわる。SALIDAのツーリングといえばソフト、あるいはアイス、といったイメージができてしまっていて、そこには確かにtsujiの責任もなくはない(01年の最初のレポートから……)のだがぁ、この御仁の影響力も多大であろう。 中央写真は、ともにSALIDAイベント初参加の“なお@伊勢原”氏(左)とYASU氏である。御両名もSALIDAのしきたりに従うべきと配慮したのか(んなハズねぇ〜だろ)、早々にSALIDA菌に犯されたのか(きっとそれだ)、きっちりソフトである。なお氏は91年型FJ1200をバリバリ元気に走らせる人だ。強引でも乱暴でもなくじつにスマートな走りなんだが、タイトコーナーの連続でもすんげぇ速い。確かにFJはハイレベルなスポーツ性も兼ね備えた素晴らしいツアラーだけど、バイクだけの問題ではなかろう。かなり重厚年輪積層バームクーヘンの腕前と見たね、常に優しい笑顔を絶やさないところも素敵。 YASU氏は、96年型GSF1200Sを、その風貌どおり豪快に走らせる人。走行距離8万km超だったかな、こちらも愛着のあるバイクを徹底的に走らせ使い倒してる素晴らしいねぇ。tsuji的には長いつきあいのある人物だが、今までなぜか忘年会にしか顔を出さなかったこの人、やっとSALIDAツーリングパーティーに来てくれた嬉しいねぇ。 右写真はSALIDA常連の御両名。ソフトを持って妙にマジ顔してるのは“たいや屋”である。昨年あたり、ついに念願のTRX850(95年型)を手に入れてゴキゲンであり、この日もその高い旋回性をいかんなく発揮させカッ飛んでおった。あんなに尖った愉快なバイクは、もう現れないんじゃないかとtsujiも思う。思うけどさぁ、SALIDAって旧車会じゃねぇ〜んだけどなぁ、ってtsujiが言っても効力希薄か? おっと、たいや屋の後ろでソフトを食い終えてコーンの尻尾をくわえている八丁堀は、01年型のドゥカティSS900ieでしたね、04年型トリッカーも持ってるし、こちらは旧車指向じゃないです。八丁堀は今回、なぜだかやたらハイテンションで走りもキレてました。
「席は確保した、行くぜ皆の衆」。 眼下に見える宇久須港に向け、標高差800mを一気に駆け下る。ピンボケ写真じゃイマイチ分かりにくいかもしれんが、このルートには超激落差ヘアピンコーナーがいくつもあって、まさにコークスクリュー状態である。いや愉快、楽しい、面白い。例によって各自勝手なペースで駆け下る。下りきってのドンツキが……。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]()
それぞれが、思い思いの品を注文する。どれも手抜きのない上質さだが、この日とくにお薦めだったのはムツの塩焼きとカサゴの煮付け。天然物で鮮度のいいものしか扱わないので、当然ながらお薦め品は日によって変わるのであり、お店の人に聞いてみるのが一番だよん。
左写真の手前左はPUNK氏だが、まだ飯が来てませんねぇ、何か難しいもの頼んだのぉ? 彼の最終兵器ドゥカティ916がレストア中(?)なので今回はTT600Rに乗って参戦したのだが、乗れてましたねぇバリバリ速いし安定感もあったっすよ。その向かいでムツを食ってるのはEARTH氏で、今回はFZ400だったがYZF-R6も所有。前回の反省会に参加できなかったためか、今回は金曜日に沼津で前泊という気合いの入れようであった。 右写真の背中左は、相模線ね。快適万能ツアラー兼SS車のアフリカツインを手に入れたというのに、BMWのF650GSにも乗っていたというのに、今はなぜかVTR(250)がえらくお気に入りのようで、まったく恋は盲目ラブラブ状態である。右奥はShintarooo!だ。ちょっと前までKDX200SRに乗っていたが、最近XR400モタードに乗り換えた。それでもダートはやっぱり速い。相模線系激走グループに属しているらしいが、SALIDA流のほほんイイカゲン勝手ツーリングにも惹かれつつあるんじゃないの?
宇久須から今夜のお宿のある戸田まではツルっと海岸沿いに走って30km弱だ、かぁ〜るいもんよ。tsujiの場合、この日の初っぱな朝日に輝く相模湾を脇に見て快走し、今度は午後の日に揺らめく駿河湾を脇に見ての快走である。いや極楽。
宿へは順調に着いたのだが、何か物足りない。ってわけで有志を募って御浜崎の先端へと歩く。完璧な夕日状態であるが、なにせ日の短い12月のこと、まだ午後3時すぎである。じつのところ、物足りないというよりは、御一行様は“足りすぎ”ていたのだ。午後1時ころに宇久須でたらふく食って、まだこの時間である。そしてPDといえば、夕食の量の多さが半端ではないことで有名。ワインディングで少々スポーツしたといっても、そのくらいじゃ〜、PDの夕飯は入んねぇよ〜〜〜、ってわけでの腹ごなしの散策である。
歩くための理由というか目的というかを一応は作りましょうと、tsujiは戸田郷土資料博物館へご案内した。平成の大合併で今年4月からここも沼津市ということにはなったが、んなこたぁ建前であり、本質的にはガッツリ【戸田村】である。じつは戸田村、非常に歴史あるところであり、日本の洋式帆船建造技術発祥の地なのであ〜るぞよ。その村の誇りある歴史を手作り的展示で紹介しているのがこの資料館だ。駿河湾の深海生物もふんだんに展示してあったりして、けっこう楽しめる。特別に専属解説員もお願いし(←完璧観光客)一同はお勉強でありまする。船の模型の右後方で真剣そうに説明を聞くメガネの男はKURAである。彼はこの反省会に参加はしていなかったのだが、本当は参加したかったのであり、スケジュールの合間を縫って、差し入れ持って、バイクで伊豆までやってきたのだ。偶然にも(ホント偶然)土肥あたりで我々と合流したんだけどね。PDで風呂だけ入って磐田村に帰って行きましたとさご苦労!
解説員氏は一所懸命に説明するのだが、そのテンポが戸田村的時計回転速度。そうでなくてもだなぁ、真面目に勉強なんて数分しかできない輩が大半である。多くは魚の標本の前でヒャァーオドロイタ風記念写真を撮ったりとか、世界一大きいカニである深海性の高足ガニを見ながら「このくらいのサイズならお値段は……」と突如マジ顔で思考回路を働かせたり、とか。ま〜あ楽しんでいただければそれでよろし。資料館も飽きちゃったからってんで日も沈んだ浜辺で散策というのも、またよろし。それぞれの腹ごなしであった。この勉強会(?)にはつきあわず、夕日の沈む絶景駿河湾と影富士を眺めながらの風呂三昧だったのは、たいや屋と女性陣である。PUNK氏は念願ガレージ製作における土木激務の疲れから爆睡してたったてかぁ?
手前左でニコニコ顔のなお氏。その向かいは、クルマで宿直行の“たかちゃん”である。たかちゃん、今まではSALIDA恒例イベント【誕生会】にしか来なかったのだが、今年は反省会にもご参加じゃ、ありがと。長野県の松本からであっては、クルマで来たくもなるはなぁ。春の誕生会だって、いつも路面凍結に苦労しているのだから。彼が超カメラ目線ド正面不敵面はいつものことでありまする。 たかちゃんの奥は、いつも旨くて凝った酒を上納していただける(今回もでした多謝!)御仁の“うえっち”だ、いい笑顔だねぇ。その奥でやたら目立つガンヅラ突き出してるDoburokuよ、今回はホント存在感あるな、夜10時すぎまで酒も飲まず宴会につきあって諸般の事情から帰宅とはよくやるよ。左奥では、PUNKもビールを高々と掲げて復活である。 ちなみに、PDじゃほんのオードブルにすぎない刺身大皿中央に鎮座する鯛みたいな魚は、地元でいうところのゴソ。高足ガニの網にかかってくる深海魚であり、正式和名は『ハシキンメ』だ。シコシコと歯ごたえのある感触や、形相に似合わぬ端麗な味がtsujiはお気に入りである。東京などの普通の魚屋に出まわることはまずない珍魚であるが、沼津や戸田では日常的食物だ。 ![]() ![]() ![]()
左上写真で、何か気合いを入れつつ企んでいそうな相模線。今日こそはPD夕飯を完食してやろうと決心しているのであろうか。その奥でカワイコぶりっこしているのはmipolin@FZ6-Sフェーザーである。磐田村から直行であったので昼間の写真はない。自称【youminさんの娘】であり、その母が向かいに鎮座する。母は走りも見事だが食いっぷりも見事じゃ、いつものことではあるがね。 右下写真でピースサインは“ぽっぷ女史”である。最近TDM900を手に入れて、水を得た魚というか鬼に金棒というか、○○に刃物というか、やったらゴキゲンで以前にも増してバリバリ走りまくっておるらしい。しかし……いつもは被写体に入っていなくてレポート編集時に苦労する相模線なのであるが、今回はやたらとあちこちに出没である、出過ぎなくらいである。やはりこのパーティーへの気合いがいつもとは違っていたためであろうか???
ジャンケンの親、つまり宴会部長はYASUにお願いした。この御仁、持って生まれたような宴会部長キャラなのである。こういうときになると真剣マジ入魂アドレナリン爆裂噴出となる。 中央写真で宴会部長の左におられる白上着チョキ出し御仁は、ああ神々しや、やっと登場のCopseであるぞヒカエオロォ〜〜〜〜〜っ。群馬の山奥から御出勤となれば、クルマで宿直行もいたしかたあるまい。何やら無粋な事件に遭遇して出立が遅れ、さらに渋滞のドツボにはまり(クルマでは脱出も困難じゃ)、夕食もあらかた食い散らかされたころに到着であったご苦労! 追っかけで盛り上がるため最初っからフルスロットルで参戦であった。 んで今回、tsujiが心の中で目玉と思っていた景品は、ヤマハのジャケットである。04年型YZF-R1のワールドプレスミーティングinオーストラリアでの記念品である。お金を出せば買えるというものではない。しかもデザインがなかなかよろし。非常に気に入っていたので、ジャンケン大会の景品に放出するのはもったいないと隠していた代物である。もったいないけど、今回はまあいいっかぁ、と持ってきた品である。誰がゲットするのかと思っていたら、youmin姉様であった。こんなに喜んでもらえるなら、やっぱ放出してよかったなぁ、としみじみ思ったtsujiでありました。
◆ここで相模線の独り語り ★
この反省会のために、私は積載量とバイクの走行バランスなど考えもせず、自宅から2本の一升瓶を持参した。厳密には1本と720mlの2本だけど、それなりのカサと重量である。夜の宴会のために持参したものだ。私の地元で造っている酒蔵の梅酒と、怪しい日本酒だ。とくに梅酒のほうは、みんなに呑んでもらいたかった。 この梅酒は焼酎ベースではなく日本酒ベースなのだ。日本酒が好きな私は、最初に試飲した一瞬だけで、とても気にってしまった。ぜひともみんなにも呑んでもらいたいとVTRに積み込んだのであった。
中央写真、やっとホロ酔い加減の相模線の向かいで、初めてのSALIDAお泊まり企画でやや唖然のShintarooo!である。まあオヌシもやがて同類よSALIDA菌は強いぜ。右写真、なお氏は相模線に捕まってしまったか、これも人生と諦めよSALIDA菌は猛烈だベシ。 ![]() ![]() ![]() ![]()
って、面倒みてやるヤツなんぞはいない、呑んだり喋ったりに忙しくてそんな暇はない。そろそろ限界と寝床へ帰ってゆく連中とは無関係に、バリバリ伝説真っ最中の連中はまだまだ続くのであった>>>>続く>>>>>>>>>>>>>呑む、喋る、呑む呑む、喋る喋る喋る。 呑む呑む呑む呑む呑む呑む呑む呑む呑む呑む呑む呑む呑む呑む呑む呑む呑む呑む呑む呑む呑む呑む、喋る喋る喋る喋る喋る喋る喋る喋る喋る喋る喋る喋る喋る喋る喋る喋る喋る喋る喋る喋る喋る喋る喋る喋る喋る喋る喋る喋る喋る喋る喋る喋る。相模線もついにレッドゾーンかぁ、なお氏はどこまでも柔らか笑顔ですね素晴らしい。 などと戸田の夜は更けてゆくのであったよ。
この写真はヒジョーに大きいので、ブラザーの中でフルサイズ表示するか、ダウンロードしてからお好みのソフトでフルサイズ表示するか、とにかくフルサイズ表示してスクロールしながらスケールのでっかさを堪能していただきたい。この場所は眺望の良さで有名ではあるが、これだけ広い範囲がクッキリ見えることは少ないかも感激。富士山の左には南アルプスが、画面の右のほうには沼津港、その右奥には三島、さらにその奥には丹沢の山並みも。一時期BBSにて案内した超重フル密度画像ほどではないにしても、鹿野川や個々のビルまでよ〜く見えるじゃろうが。
♪♪♪♪♪♪♪♪♪ Bm F#m7 隠しきれない 移り香が Bm Em Bm いつしかあなたに 浸みついた Em Bm 誰かに盗られるくらいなら F#m7 Bm あなたを 殺していいですかぁ〜〜〜 ♪♪♪♪♪♪♪♪♪ とは昨年の反省会レポートでもやった台詞ではあるが、その“天城越え”を普通の道で行ったのでは普通である(←あたりまえじゃん)。ここはひとつ、旧道での天城越えをしようということになった。昨年とりこぼしてしまった“日本の峠”のひとつであるが、今年はキメるのだ。4〜5kmほどの未舗装路面とはなるが、なぁ〜に、観光タクシーも通るただのダートロードよ、オフロードではない。その入り口から先頭きって元気にブッ飛んで行ったのはPUNK@TT600Rであった。tsujiもしばらくは後を追ったが、かなうものではないペースだし土埃後塵散々では身を引くしかなかった。相模線とShintarooo!も速かったなぁ。 そんなこんなの大騒ぎで到着した旧天城隧道、通称“踊り子トンネル”にて記念撮影である。Copseも今日は、最前列中央陣取りで存在感をアピールする。ダート道とはいえ、愛車はエクストレイルじゃ、かぁ〜るいもんであった。記念写真の一同、らしくなく神妙というか大人しいのは、周囲から観光客軍団の視線を浴びていたからである。 しかし……相模線はなぜダートでもVTRが気持ちいいのか不思議である。 ◆ここで相模線の独り語り ★
いささか積載量オーバーのVTRであったが、仲間たちと共に走ることで勘を取り戻しつつあった。 久々にエンジンとの対話を愉しみ、 ブレーキングを堪能。 マシンとの一体感を味わえた。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() 旧道天城越えを難なくこなし、御一行様は南下を続ける。720度コーナーの天城ループ橋を通過し、下佐ヶ野からはR414の続きとはいえ国道とは思えぬほど幅狭い箇所も多々ある峰山を越え、箕作(みつくり)へと進んでいった。箕作の地名は深い意味があり、その文字から想像するなりネットで調べるなりしてみるのもよい。五木寛之の【風の王国】(tsujiは名作だと思っている)などを読んでみるのもよい。とにかくそんな道を、御一行様はサクサクと走っていった。箕作まで来れば下田の目指すところは、すぐ近くに……。
ここの名物は千人風呂の名のごとく巨大な、そしてとっても趣のある木造の、日本最大の総檜風呂である。どうじゃYASUよ心地よかろう。頭に手ぬぐいの青ロク氏も、マッタリの御様子で。青ロク、今回はいつもと違って非常に気合いの入った走りであったが、その緊張もここでほぐれましたかな?
拙僧はここ、立ち寄り湯しか経験がないのだが、初めて訪れた途端にハマってしまった。妙な細工のない、まんま古き良き時代の日本が静かに在る。不器用な宿に思えるが、その不器用さが妙に心地よい。なんだかやたらに安堵し心安らぎ落ち着く。昼風呂がまた悦楽である。tsujiはけして温泉マニアではないのだが、ここは別格のひとつだ。正真正銘の天然温泉である。日本最大の檜風呂である。湯殿もすべて木造である。深いところは水深が1m以上もあるヘンな風呂である。格子窓からの陽射し、湯面に写る青空、湯気にかすむ情景。女湯は別にありそこもかなり大きい(入ったことはない)のだが、女湯からこのメイン浴槽には女性が入ってくるのが勝手自由、つまり混浴である。この日もカップルがおりました、SALIDA面々の大挙突入で出るに出られず状態であったかもしれませぬゴメンなぁ。
湯上がりに汗を静める休憩場所が、またよい。まったく高級ではなく、観光客のための凝ったレトリックなども存在しない。ただの古びた和室であるが、ここで昼寝などするのも最高である。格子窓からの庭、柔らかい冬の陽射し。時のたつのを、本当に忘れてしまう。ここでまどろんでいる最中に会社から呼び出しくらったEARTH氏よ災難であったなぁ。 なにしろ、いいのだ。ここを皆の衆に知ってもらいたかった。爆走の合間の、のほほん気分融解もまたヨシであろう。このレポートをご覧の方々で未経験であるなら、話の種に一度は訪れることをお薦めしたい。
湯浴みのあとは、腹が減る。予定は未定のイイカゲン幹事であり、気の利いた昼食どころなど計画していなかったのだが、近隣にて発見したテキトーな蕎麦屋へと飛び込んでみれば、なかなかコストパーフォーマンスに優れたものであった。店は狭いが、旨い、量は多い、そして安価。店名はメモるのを忘れちゃったんだけど、また行こっと。さて、その蕎麦屋にて決まった次なる標的は……………………………………………………………………。 沼津の磯はるであった、どっひゃ〜ん。 確かに磯はるは旨い鰯をたらふく食わせてくれる、SALIDA人の間では人気でもある、この反省会の事前告知でも“寄るやもしれぬ”と語った気もする。しかし諸君よ、昼飯を食ったばかりじゃろうが、喝っ! 何という食い気、何という煩悩の塊。しかたがない、爆走である。日の短い1日のうちに、この人数で伊豆半島のほぼ南端から根元へと北上である。しかも磯はるは、刺身用の鰯がなくなり次第閉店してしまうから、もたもたしてはおれぬ。とはいえ同じ道を戻るのは、単車乗りとしてどぉ〜も気持ちよくない。 下田より箕作まで戻り、やはり五木寛之の【風の王国】にも登場する婆娑羅(ばさら)峠を越え、松崎をさっさと通り過ぎてすぐに山中へ。仁科峠へと登る山岳ルートである。冬場は凍結が素晴らしい(?)名所であるが、んなこたぁ平気のへーざでっせSALIDAとしては。ここの道も趣があり……って解説は昨年の反省会レポートを参照されたし。 仁科峠から超高速ワインディング稜線ルートを駆け抜け、以前は有料だった西伊豆スカイラインで絶景を拝んだりしながら戸田峠へと戻るころには、太陽も駿河湾の海面に近付き始める。午後4時ころではあるが、何しろ日が短い季節だからなぁ。 この、どんどん行くぜ駆け抜け空間において、相模線は以下のようなことを思っていたようである。 ◆ここで相模線の独り語り ★
VTRというマシンに乗れる幸せを感じた、と言っても過言ではない。 背伸びすることなく気軽に、でもしっかりとスポーツできる。 何よりも『マシンが語りかけてくる』というのを感じ取れる、 それができることは、そうそうあるものではないと思う。 今年の締めのツーリングにこのVTRを選んだのは大正解であった。 ヨシ、来年も一緒に走りまくるぞ! なぁ〜に言ってんだかぁ。確かにVTR(250)はいいバイクだよ、世間の人気はイマイチかもしれんが、モーターサイクルの原点的魅力をきちんと備えている。たった3万円(だっけ?)で購入した相模線はラッキーだと思う。けどさぁ〜、バイクが語りかけてくるのを感じ取れるのがめったにないこと、などと語るのはオヌシ修行が足りんぜよ。語りかけてくるバイクは星の数ほどある。聞く耳を持つか否かである。 んなこたぁ〜いいやな。 SALIDA軍団は絶好調である。風は冷たいが痛快極楽の心地よい走りを、それぞれがそれぞれのペースで愉しみつつ、ずんずん進む。tsuji的には幹事であるからして時間進行なども脳ミソの端っこで意識していたが、極めて順調である。この分なら、ほどよい時刻に磯はるへ到着するであろう。 しかし……なんだか順調すぎる。ツーリングとは、1日に最低でも1事件が常識だ。そろそろ何かが起こるのかなぁ。そういえば、いつも何かやらかしてくれちゃうPUNKが、何も起こしていない。ヤツのTT600Rがそろそろ壊れるのか??? などと思っていた矢先、戸田峠からの下りで拙僧のバイクに異変が。ブレーキをかけるとエンジンが失速する。ウインカーを点滅させても失速する?????????????????? 事件である。ツーリングに事件は憑き物、ではなく付き物ではあるが、その事件がまさか入魂整備したはずの拙僧のバイクに起こるとは、どっっっひゃぁ〜〜〜ん。
左写真の、エンジンの前端にあるのがオルタネーターで、メカニック氏が横で手に持っているのが交換用のステーターローター。中央写真は、アラワになったブチ壊れローターである。右端は交換用ローターのアップで、日本でリビルトされたものであり、コイルのまわりをファイバーで包んだ上に樹脂でボンディングしてある。これなら遠心力でコイルの銅線が引っ張られてストレスがかかる度合いが低く、そう簡単には断線しない。純正ボッシュ製より優秀である。横の箱には何やら注意書きがあるな、どれどれ『人により程度は異なりますが、ヘンナバイクニノリツヅケルコトにより単車への依存が生じます』ってかぁ? とにかくつまり……10年以上前のバイクではあるが翌日には修理完了だったのだエッヘン<<<威張ることでもないか?
当日は戸田村中心部まで何とか降りて、閉店間際(店じまいが非常に早い)の漁協ガソリンスタンドに頼み込んでバッテリーを充電してもらいリスタートしたのであった。戸田漁協様、多謝! 本隊は、拙僧だけのために待機させるのは申し訳ないので先に鰯屋へと出立してもらった。だいたいtsujiはこの時点じゃ、鰯を食えるなどとはまったく思っていない。リスタート不能なら、PDにもう一泊すればよいと考えていた。 がぁ、世には神も仏もいらっしゃった。 バイクは見事にリスタート。これが一発目のラッキーだ。とはいえ発電しないのだから、充電されたバッテリーの電気だけで走らなければならない。ヘッドライト点灯など、もってのほかであるが、すでに日はとっぷりと暮れている。沼津までは真っ暗闇のワインディングである。 がぁ、我が輩の成り行きを心配してか興味津々でか、本隊から離脱した居残りサポート志願者が3名もいた。これが二発目のラッキー。たいや屋がTRX850で先頭を走り提灯持ち役だ。後方からはPUNKがTT600R、Copseがエクストレイルで道を照らす照明役。嬉しいねぇバリバリ行くぜ。これなら鰯を食えるかもしれぬ、いや絶対に食ってやる。 てなわけで、本隊が鰯料理を食いかけるころ、暗闇おっかけ隊は見事に磯はるへ到着。充電時間のロスタイムを考えれば素晴らしいペースである、やったぁ! 店じまいを初めていた磯はるのオヤジに頼み込んで、ありったけの鰯を出してもらい無事に夕食にもありつけたのであ〜る。 上の左写真は先行した本隊の面々で、すでに豪華夕食を食い終えつつある。写真後方の映像がやや荒いのは、ストロボ届かなかった分を補正した結果じゃご容赦。右写真は、やっと夕食にありついたtsujiサポート隊3人衆だよん多謝に多謝。 しかし……磯はるに寄るのは最後の最後というのがSALIDAツーリングでは多く、普通は途中で次々に脱落者が出て、ここまで辿り着くのは5〜6名がいいとこ。なのだが今回は、tsujiを入れて総勢13名も。皆の衆の煩悩パワーが半端ではなかった証拠であろう。本隊写真の右手前にはRocky氏もシッカリ座ってる。Rocky氏、いつも安全第一を考え早めに離脱していたのけど、今回は念願の鰯を食えましたねぇ。今回だって無理はしていないのだが、実力を伴った自信が身に付いたってことですよ。バイクに乗り始めて2年、ずいぶん逞しくなったね。 とにかく。こうしてSALIDA煩悩隊により、この日の磯はるの鰯は完璧に食いつくされたのであったとさメデタシめでたし終わりよければすべてヨシ。 いゃぁ走った食った遊んだ面白かった。賑やかな宴であった。そしてtsujiはめいっぱい愉しませていただきました皆の衆に多謝! ***********************************************************
■tsuji@SALIDA てなわけで皆の衆、またいつかどこかで。 |